心に潜む傲慢と善良

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今回紹介するのは『傲慢と善良』。本作は婚約者の突然の失踪から始まる恋愛ミステリーであり、現代社会の生きづらさを鋭く映し出している。著者である辻村深月氏は 2004 年のデビュー作『冷たい校舎の時は止まる』を皮切りに、話題作を次々と発表。本書は辻村氏にとって、恋愛と社会問題を交差させた新境地だ。

物語は、主人公・西澤架の婚約者である坂庭真実が突然姿を消すところから始まる。架は彼女の行方を追う中で、これまでに知らなかった真実の複雑な側面に触れる。そして、彼女が姿を消した理由が明らかになるにつれ、架自身も自分の恋愛観に潜む「傲慢さ」を突きつけられる。理想を押し付け、真実の心の機微を見過ごしてきた架。物語はそんな彼が自己と向き合い変化していく過程を描き出す。結婚を目前とした2人がそれぞれの「傲慢」と「善良」という人間の多面性と向き合い、真の愛とは何か、そして結婚の意味を問い直していく。

この物語の最大の見どころは、タイトルが示す「傲慢」と「善良」という、人間誰もが持つ二面性を深く掘り下げている点にある。恵まれた環境で育った架の無意識の「傲慢さ」。そして、一見すると献身的に見える真実の「善良さ」の裏に潜む葛藤。異なる生い立ちの2人が、結婚という大きな決断を前に互いの、そして自分自身の複雑な本質を突きつけられ、もがきながら変化していく過程は圧巻だ。

また、真実を探す過程で登場する、結婚相談所の小野里夫人の鋭い指摘も物語に奥行きを与えている。彼女は冷静かつ鋭い視点で、架と真実が恋愛や結婚において見過ごしてきた本質を的確に指摘する。情報過多な現代において、無意識に自分自身の価値を高く見積る「傲慢さ」と、他者の期待に応えようとするあまり自分を見失う「善良さ」が、いかに恋愛を困難にしているのかを浮き彫りにする。

本書を読み終えたとき、私たちは誰もが持つ「傲慢」と「善良」が複雑に絡み合っていることに気づく。これらを認識し、向き合うことで、自分の感情や行動の背景を深く理解できる。その結果、他者の複雑な内面を理解することの難しさと、その努力の尊さを実感するであろう。深い共感をもたらす本書は、現代社会における人間関係を深く洞察し、自己を見つめ直す1冊だ。ぜひ手に取ってほしい。

(山本実玖)

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